Pumpkin Smile

「トリック・オア・トリート?」
 悪戯を楽しむような声がお決まりの言葉を紡ぐのに苦笑して、ジェクトは振り返った。
 やっと逃げてきたところだというのに、そう簡単には自由になれないらしい。
 声を辿るように視線を上に上げれば、まるで本物の猫のように樹の間に収まった人影が逆光になって映る。
 日に愛された黄金の髪の端が光に透けて、同じ色の尻尾がゆらと揺れた。
「あー……ジタンか」
「あったり!」
 ひょい、と。身軽く飛び降りたジタンは、ジェクトの目の前でくるりと回ると、手に持っていた帽子を逆さにして差し出した。
 つばの広い三角帽子は彼が何の仮装をしているのかを明確に伝えてくれる。苦笑を隠さないままでジェクトはその中にいくつかの菓子を放り込んでやった。
「魔女なのか」
「そっ。ティーダに負けたんだよ」
「は?」
 突然出てきた息子の名前に男は目を瞬かせる。
 逆ににっこりと笑ったジタンは、息子に負けた恨みを親で晴らすとでも言うようにものすごい勢いで歩を進めて、ジェクトを木の下まで追い詰めた。
 謎の迫力に圧されて木の幹に背をつけた男の顔に近付くようにして、睨みつける。
「被るとつまらないからってさ、オレたちは何の仮装をするかくじで決めたんだ。だけど、間違って同じ番号が入ってたらしくてさ」
 それを引いたのが自分とティーダだったと告げたジタンは盛大な溜め息を落とした。
 先を促すジェクトの声が心なしかひきつってるのを聞いて、多少は溜飲が下がる。
「ティーダって、たまに不思議なほどカンが鋭い時があるよな」
 お互いカードのスートを指定して一騎打ちの引き直しをしたのだと言って、ジタンはマントを開いた。ベストの胸元に無造作に止められたカードが見える。
 聖杯の九。それがティーダの指定したものだったのだろう。
 おそらくはティーダのほうも証拠としてカードを持っているだろうことは簡単に想像がつく。
 カードの意味はジェクトも、おそらくティーダも知らない。単純に勝負のために使われたのなら、それでいいのだろう。
「んで、もうひとつの衣装ってなんだったんだ?」
 正直に言ってこちらの衣装が己の息子に当たらなくて良かったと思うジェクトだが、必死に平静なふりをして問いを投げる。
「吸血鬼だよ」
「そりゃまた究極の選択だな」
「あんた今オレがこっちで良かったと思っただろ」
「……否定はできねえな。どうがんばっても、あのガキにゃ似合わなさそうだ」
 裏を返せばジタンが似合っているから笑い話で済んでいるとも言える。魔女衣装のティーダを想像してしまって二人は思わず笑った。
 合わせるように頭上で木の葉も笑う。
「しかしなんだってそんなもの入れようと思ったのかねえ。絶対的に野郎が多いのは承知の上だろ?」
 思い出す顔ぶれは、どう考えてもしっかりした男ばかりで。唯一似合いそうなのはやはり控えめに微笑む少女くらいだろうか。
 当然ながら、目の前の少年が似合うというのはジェクトの想像の範囲外だった。実際に見せられなければ信じなかったに違いない。
「かけてもいいけど」
「おう」
「面白そうだから、だと思うぜ」
 ジタンの頭の中にはそういうことを平気で言いそうな人物の顔が鮮明に浮かんでいる。
 ジェクトは、苦い笑みを浮かべたジタンを見て同情はするものの、まだどこか納得出来ないというように首を傾げた。
「……ごつい野郎の女装を見て何が面白いんだ?」
「普通は似合わないから面白いんだろ」
「ああ、そういうことか」
 ようやく納得した彼は、それが多大な悪ノリと少しの期待で構成されていることを理解する。似合わなければ皆で笑えばいいし、万が一似合ってしまった場合はそれでいい。そういうことなのだろう。
「ま、犠牲者はオレだけじゃないしな」
 ジタンはそんな風に言って、今回用意されたクジの内容を思い出す。
 いくつか男女どちらの衣装なのか、指定が曖昧なものがあるが、魔女の他にひとつだけ確実に女性ものだと分かる指定がある。それがアリスで、引いたのはクラウドだった。ぐったりと肩を落とした様子を思い出してジタンはひっそりと笑う。
「どうせやらされるなら完璧に。それがプロってものだろ?」
 随分とノリノリなんだなと笑ったジェクトに、ジタンは役者魂とでもいうような反論する。そこでようやく気付いたというように数歩後退し、男の姿を眺めやった。