Retrofit

 部屋の中に光が満ちる。
 祈るように、手繰るように。ゆるく目を伏せた表情は静けさと同時に焦燥が滲むもの。
 あたりの空気を壊さないように静かに息を吸って、令呪を持つ手を掲げた少女は召喚のための言葉を紡ぎ出す。
 床に置かれていた虹色の石が唐突に形を崩した。同時に生まれた可視化されるほどの魔力の渦は、少女の唇から紡がれる呪文によって徐々に収束し、魔法陣の中心に新たな姿を浮かび上がらせる。
 視線を上げた彼女の瞳に飛び込んできたのは鮮やかな青と赤の色彩。ゆるゆると形作られていく姿は、成人済みであろう男性のもの。
「あれ……ふた、り?」
 問いとも言えない声に応えるように開かれた瞳は同時。
 鋼と焔の色に射抜かれて、まだ腕を掲げたままの少女は呆然と見返すのみ。魔に魅入られたかのような彼女が声を上げたのと同じくして、邪魔にならないようにと部屋の端に張り付いていたはずのもう一人の少女も息を飲んだ。
 どうにか掻き集めて投入した召喚リソースは一騎分だったはずだが、収束し、形作られた人影は二つ。
「サーヴァント・ランサー」
「サーヴァント・アーチャー」
 召喚に応じて参上したと名乗りを上げる声がかぶる。
 そこで初めて己以外の者が同時に召喚されていることに気付いたのか、それとも名乗りまではわざと相手の存在を無視していたのか。マスターである少女を見ていたはずの鋼と焔は同時に隣に並ぶ相手を見た。
 お互いの唇から零れたのは溜息。
「ったく……こんな時までテメェと一緒かよ。つくづく縁があるな、弓兵」
「さて、人違いだよ。初対面の犬に馴れ馴れしく吠え掛かられるような覚えはなくてね」
「うっせぇ。その返事がなによりの答えだろうが」
 凛とした口上から一転した子供の喧嘩のようなやりとりに少女達は唖然とするしかない。しかも彼らの姿はそれぞれ見覚えがあった。
 クラスも恰好も違うが、ランサーと名乗った青を纏う男によく似た者を知っている。
 アーチャーと名乗った赤を纏う青年とは、まだ右も左もわからなかった頃。最初にレイシフトした燃え盛る冬木の街で敵として顔を合わせていた。
 だからこそ余計にだろうか。なぜかその二人が揃って召喚され、マスターであるはずの者を差し置いて気安いやり取りをしているのを無言で見守ってしまう。
 その間にもぽんぽんと交わされる罵り合いはついに青の槍兵が赤の弓兵の胸倉を掴むところまで進行していた。
「相変わらず口が減らねぇヤロウだ。なんならテメェの体に聞いてやってもいいんだぜ。オレを前にしてその手が握るモノが何か、当ててやろう……か」
 ずい、と。獰猛な笑みのまま凄んだ顔がさらに近付いた瞬間。槍兵の語尾が不自然に揺れた。
 呆然と見守っていた少女達ですら気付いたのだ。矛先を向けられている弓兵が気付かないわけはない。
 どうしたと問う声には僅かに眉を寄せて無言。
 すん、と鼻を鳴らした彼は寄せた眉間に皺を刻む。
「なんのにおいだ、コレ」
「におい?」
「ああ……別に不快じゃねぇが、こんなとこで触れるには違和感あるな。風とか土とか花とか、そういう自然物のようなにおいだ」
 召喚を行うためだけに存在するがらんとした部屋には匂いの元になりそうなものは存在しない。ならば、あとはそこに居る者から発せられるものしかないだろう。
 その場にいる全員が言葉に反応し、まずは己の体臭を確認しようと動く。例に漏れず片腕を持ち上げて鼻を寄せた弓兵の耳に、短い音が触れた。
「動くな、アーチャー」
「……ッ!」
 その声は命令というほど荒くもなく。温度を感じさせないほど虚ろに発せられたわけでもない。
 それでも。耳にした瞬間、弓兵は不自然に一切の動きを止めた。
 胸元を掴んでいたはずの男の手はすでに外れており、なお近い顔を押し退けることは容易い距離。だが、青年は半端に浮かせた片手をそのままに、まるで令呪で命じられた時のような強制力によって動きを封じられていた。
 耳元に熱をもった息を感じる。
 ついと触れる少々かさついた男の指先はなんの確認か。ゆうるりと耳の後ろから頸を辿って、同じ場所に近付いた唇が、歯の先が触れる。
 犬歯が食い込む。
 もはやできることといえば唇を噛み締めて、与えられるだろう痛みを堪えることだけ。動けないなりに精一杯身構えた青年の横を突風が過ぎた。
 べぎばきごき、と。形容しがたい音が至近で上がる。
「な、に……」
「よう、アーチャー。悪りぃが、嬢ちゃん達を連れて部屋の外に出てくれるか。そしたらそのまま芸術家のところに行ってくれればいい」
 もう動けるはずだから試してみな。
 告げられた声は先ほど動くなと命じた声と同じ響き。
 強制力を感じるのは同じだが、断定系ではなく、要請の形をとっていたことと、内容を一点に絞っていない分だけ先ほど受けたものよりも効果は緩いらしい。
 青年は自らの唇が承知したと告げるのを他人事のように聴きながら振り返ることなく歩を進める。
「芸術家とやらの場所へ案内を頼めるか、マスター」
「……うん。マシュも、行こう」
「は、はい」
 マスターの少女の声に従って、それまで壁際で待機していたマシュと呼ばれたもう一人の少女が駆け寄ってくる。
「マスター、そいつを頼んだ」
「後で説明してもらうから」
「そのつもりだ」
 それだけのやり取りを飲み込んで扉は閉じた。
 部屋の中と同じように、無機質な人工物の廊下はかなり長く続いている。
 緊張が解けた体は勝手に安堵の息を吐き出した。

 (中略)

「何を参考に、どういった意図でそうしたのかは不明だけど、ここの召喚システムにはサーヴァントに対し、強制的にある属性を付加する機能が組み込まれているんだよ」
 それ自体は狂化付与の応用だろうと彼女は語る。現れた魔術式はすでに解析が終わった場所なのだろう。
「付与されるものは、そうだね……群の序列を適用したもの、とでも言おうか」
 上位からそれぞれ、アルファ、ベータ、オメガと呼称されるもの。
 召喚された英霊は本来持っているものとは別に、必ず最下位の属性であるオメガを付与されて現界する。
「それはウルフパックのことかね?」
 弓兵が上げた疑問は呼称ゆえの連想だろう。狼の群れは繁殖ペアを中心とした階級社会になっており、立場の順に同じようにギリシャ文字順に呼称される。
 ただし序列は固定ではなく、絶えず入れ替わりが発生するものであるはずだった。
 曖昧に頷いたダ・ヴィンチは苦笑を口端にのせる。
「そうだね。感覚としてはそれに近いだろう。だが、狼の序列と違って不可逆な上に面倒なアレコレがくっついているのさ。続けてその辺も説明しようか」
 僅かに首を傾げたエミヤに対し、笑みを返した彼女はさらに手元のタブレット端末を操作した。
「カルデア式の召喚システムではサーヴァントは大部分の能力を封じられた状態で召喚され、段階的にそれを解除していくという方法をとっている。このシステム自体、裏がありそうな気配満々なんだけどね。それはひとまず置いておくとして、その段階解除の際に属性の振り直しが行われるようになっているんだ」
 説明とともに浮かび上がるのはエミヤとクー・フーリンのデータ。クラスや保有スキルに混じって強制付与属性という欄があり、それぞれにベータ、アルファという記号が見て取れる。
 全員がそれを確認できるだけの十分な間を置いてから、ダ・ヴィンチの指が優雅に動いた。
 連動してエミヤのデータが拡大されながらぶれる。二つのデータが平行に表示されたところで動きは止まった。
「君達から向かって右側が現在のデータ。左側が召喚直後のデータだ」
 二つを比べれば能力値の上昇とは別に明確に違う部分が見て取れる。それが先程話に上った強制付与属性の欄だ。
 現在はベータだが、召喚直後はオメガとなっている。
 感じたまま、素直に属性が変わっているねと声を上げたのはマスターである少女だ。
「そうだね。そしてこちらがランサークラスのクー・フーリンのデータだ」
「ふむ。私と違い、彼の場合は召喚直後からアルファ、ということのようだが?」
「そうなんだよねぇ。どうしてそうなったのかはわからないけど、推測はある」
 エミヤの疑問に、いつの間にかかけていた眼鏡のフレームを押し上げた美女は一度言葉を切った。交錯する視線が先を促す。
「キャスタークラスのクー・フーリンの存在さ。同一英雄の別側面、別クラスが先に居たからこそ、召喚直後からその属性に引っ張られたのでは無いかということだね」
 もっとも、そんなことはそうそう起こることではない。
 検証以前の問題だと彼女は笑う。
 どうあっても推測の域を出ない話だ。ただそうだとしたらあまりにも危険なため、今後の召喚時には注意したいところだと続ける。
 現時点でアルファとして存在しているのがクー・フーリンだけということからも、説明には妙な説得力があった。
「そいやアンタはどうなってんだ? 一応アンタもここのシステムで召喚されたサーヴァントなんだろ」
 それまで黙していたランサーが声を上げる。口の中が切れているのか、少しだけ眉を寄せたのが見て取れた。他の誰も気付かなかったようだが、注視していたわけでもないのに、そんな些細なことが気に掛かる己に呆れる。
「私かい? 例に漏れず元々はオメガで今はベータだね。ちょっと色々実験したいことがあるからアルファになれるとしても今のところなる気はないよ。なにより面倒臭そうだしねぇ。まだ不安定ではあるんだが、そこを誤魔化すための割り込み術式は一応構築済みさ」
「実験体は自分自身かね?」
「ご名答。ま、他に実験できるサーヴァントも居なかったから、必然的にそうなっただけだけど」
 解析が得意な者が召喚されれば、たとえ猫の手でも借りるだろう。
 すでに完成している召喚術式の中に蜘蛛の糸のように精密に張り巡らされた強制付与の術式だけを排除するのは時間がいくらあっても足りない。そのため、まずは即座に霊基を強化してベータとし、その後アルファにならないように抑制するよう進めていると説明した彼女は、一度言葉を切って溜息を落とした。
「さて、ここからが本題だが……まずはアルファとオメガに存在する厄介な付加性質のほうを明確にしておこう」
「さっきもそんなこと言ってたな。それで?」
 先を促すランサーに頷いて告げられた内容はクラススキルと同様に強制的に付加されるという性質についてだ。
 つまり、例えばアーチャーであれば単独行動、アサシンならば気配遮断、バーサーカーであれば狂化、というように、クラスだからこそ得られるスキルと同様の扱いで、ほぼ逃れられないものであるということだ。
「アルファに付属するものは『威圧』や『強制』だ。これはオメガに対してもっとも強く作用し、次いでベータに作用する。先ほどのウルフパックで言うところのアルファを想像するといい。集団の中で決定権を持ち、それを実行させる能力ということさ」
 一般的な魔眼の効果になぞらえるならば強制というよりは魅了の領域だ。もっとも、魔眼と違い目を合わせることではなく、意思を持って行動・発声することによって自動的に発動する。
 ここで問題になるのはその強制の強さだ。
「資料上の話になってしまうが、オメガであればまず逆らえない、と記述がある。そしてベータであってもかなりの重圧を受けることになるが、スタッフやマスター、それとサーヴァントであっても特異点で現地の聖杯に召喚された者や、カルデア式でも例外的にマシュには影響がないよ」
「つまり召喚されたてのサーヴァントが反抗的な場合に行使するのが有効、というやつか」
「おそらくはそういう意図で設定されたものだろうね。信頼できるサーヴァントをアルファとして存在させておき、新たに召喚した者に関しては、たとえどんなに高位の英霊であっても……いや、高位であるほどその矜持を折り、無理矢理従わせる、というやり方だ」
 その場に居る全員の表情が曇る。特にマスターとその正式サーヴァントである少女達の表情は苦く、見兼ねたランサーはわざわざ席を立ち、軽く小突いてからぐしゃと髪を乱してやった。
 青年の中で何かが符号する。
「……あれは、そういうことか」
「エミヤ?」
 零れた呟きを聞き咎めたのは、それまで説明をしていたダ・ヴィンチではなく、ドクター・ロマニのほうだった。
 その視線が動き、青年と、少し間をあけてその横に座る男とを見比べる。
「そういえばキャスタークラスのクー・フーリンが話の途中ですっとんで行ったのはこれに関係がある?」
「ああ。急いだのはなんとなくだったんだがな。着いてみたら結構危なかったぜ」
「おや、ということはもしかしてエミヤはオメガ状態で体験済み?」
 どうにも聡い面々は聞き逃してくれなかったらしい。全員の視線が青年に集まる。特にダ・ヴィンチの視線は今後のためにだろうが、詳細を期待した眼差しだった。
 落とす溜息は重い。
「この言い方で伝わるかはわからないのだが、感覚としては令呪での縛りに近い気がした。単純な命令ほど効果は高く、強固な意志をもってすれば抗えないことはないと思うのだが……どうだろう。自信はないな」
「私ではあまりピンとこないが、ランサーとキャスターのクー・フーリンは明確にイメージできているようだね」
「ああ。普通の聖杯戦争……っつー言い方もおかしいが。とりあえずココ以外の聖杯戦争に召喚されたことがあるヤツなら伝わりやすいんじゃねぇか?」
 ランサーの補足にキャスターも頷く。
「ついでにさっきの魅了の魔眼の説明はよかった。そっちのほうが伝わりやすいヤツもいるだろう。あとは……そうだな。今のコイツの話だと、たとえオメガが相手でも意識を奪うとか洗脳するとかそっち系じゃねぇのはわかったから、うっかりその強制命令とやらを発してしまっても直後に取り消すことで回避できそうだってのがわかっただけでもありがてぇわ」
 ベータ相手ではそこまで極端な行動を強制することはでいないが、オメガ相手ではそうではないというのが実感できたと溜息を落とした。
「確認しておくが、コイツも今はもうベータになってるから大丈夫なんだよな?」
「データ上ではそのはずだよ。今後ずっと気にするくらいならもう一度試してみたらいいんじゃないかな。彼が承諾すれば、だけど」
 己に視線が戻ってきたことでエミヤは己に求められているものを理解する。覚悟を決めるように一度瞬きをしてからキャスターのクー・フーリンに向き直った。
 ランサーのものと同じ、燃える焔を思わせる色を湛えた瞳にはなんの熱も見て取れない。それは彼が自制しているが故だと理解でき、意思と反してぴくりとも動かなかった体を思い返して、気付かれぬように唾を飲み込む。
 確認するならできる限り同じ状況を再現するほうがいいだろうという言葉には頷きで返して、立ち上がった。
 彼の言に従うのであれば、己が相対するべきはランサークラスのクー・フーリン。粗野に見えて頭の回転は早く、察しはいい男だと知っている。ならば告げるべきは一つだけだと青年は唇を湿らせた。
「確かに、お手軽に令呪の真似事をされては困る。私としてもそこははっきりさせておきたいところだ」
 頼めるか。
「よく言った。なら、そこを動くなよ、弓兵」
 ぶわりと全身を駆け抜ける強制力。それでもその力は先刻よりはよほど弱く、抗うことを考えられる範囲だと確認する。
「……断る」
 たった一言。その拒絶の言葉を絞り出すだけでもかなりの精神力を要した。体は従ってしまいそうになるが、無条件で従うようなことはないだけ先程よりはましだろう。
 さらに槍兵がどこかほっとしたような顔を見せたのに驚いた青年は、その間にキャスタークラスのクー・フーリンとダ・ヴィンチとが目配せしあったのに気付けなかった。
「よし。それじゃあアーチャー、そのままそこにいろ」
 言い方は違うが、再度動くなと指示する声は背後から。
 完全に同じ声音で掛けられたそれの意味に気付いた時には遅かった。無意識に受け入れてしまったせいで強制力に抗えない。
 くつりと悪戯な猫のような笑いが耳に届く。
「さてエミヤ。私のところまでは来れそうかい?」
「……人が悪いな。返答など、聞かずともわかっているのだろう」
 その場にいること以外の制限はない。だからこそ彼らの意図を悟って、青年は大げさに肩を竦めて溜息を逃した。
 笑みを苦笑に変えた美女が端末に指を滑らせる。
「あらかじめ構えていれば多少抵抗できるものの不意打ちには弱い、と。このへんは個人差もあるかな」
「そうだろうな。警戒するのが仕事みたいなアサシンや、魔術的な防御を常に巡らせるキャスターなんかは不意打ちでも効きにくかったし……」
 おそらくは神代に近しい者、神霊や精霊、それに類するものからの加護を持った者にも効きにくいだろうと続ける青の魔術師の推測は、令呪による強制や魔眼の効果と似たところがあるとした見解とも一致する。
 そもそも神代における神とは、意図せず見初められた者にとっては呪いでしかない祝福を与えるものだ。
 動物に惚れさせて子を産ませただの、愛しているから豚にするだの、その手の逸話には事欠かず、神が人と交わることも日常的にあった世界。神秘に近いからこそ基礎的な耐性が現代とは段違いだと知っている。
 魔術的な付加要素であれば、より強い神秘によって無効化されるのは必定。そこに解除の糸口があるかもしれないとする己の考えに区切りをつけて美女は苦笑した。
「ほいほいと私のいないところで試さないでくれよ」
 咎める口調だが、続く言葉がデータが取れないじゃないかでは、呆れのほうが先に立つのは仕方がないだろう。
「こっちだってやりたくてやったわけじゃねぇわ」
「ふうん。なら、今回は詳細なレポートで手を打とうじゃないか。どっちみち、解析のための材料は多い方が助かるからね」
 この二人は青年の足を封じたままだということを忘れているのではないかという疑念が脳裏を掠める。彼は眼前で交わされる会話を聞き流しながら、己の体に無理矢理魔力を流して強制解除を試みるべきかと思案した。
 さてどうするか。
 放っておいても勝手に耳に届く二人の会話と、己を裡を探った感覚は一致している。この現象が令呪による命令に相当するものだったとしても、魔術によるものならより強い魔力を流して洗浄することは可能だと判断できた。
 弓兵の眉間の皺が深くなったのを訝しんだか、実行に移す前にぽんと軽く肩を叩かれる。
「アイツらには勝手にやらせとけ。まだまだ続きそうだからオマエは楽にしてていいぜ……って、こんなもんで解除されるか?」
「すまないランサー、助かった」
「礼を言われるようなコトじゃねぇよ」
 自由になった身を確認し、心配そうに見上げてくる少女達に問題ないと声を掛ける。ふわりと彼女達に触れた青年の手は、ランサーによって乱された髪をそっと整える動きを見せた。
「ありがと。私は大丈夫だから」
「ああ。だが、説明役の女史がこの調子ではな。話はまだ半分ほどだと思うのだが、脱線させてしまったようだ」
 アルファに関しては一通り説明されたが、オメガに関してはほぼ手付かずという状況だと認識している彼らはお互いに顔を見合わせた。どうしたものかと口に出す前にのんびりとした声が上がる。
「うん。確かにそろそろ戻ってきてもらわないとだね」
「ドクター、妙案があるのですか?」
「もちろん。なんだかんだで長い付き合いだからね」
 マシュの問いにふわふわとした態度を崩さずに苦笑したロマニは、とりあえず着席を促した。
 全員了承して席に戻ったが、唯一ランサーだけはさすがにキャスターの向こう側に戻るのもわざとらしいので少女二人の隣にある空き椅子に移動する。全員の着席を確認した医師はおもむろにわざとらしい咳払いをひとつ。
「あーあー……ごほん。さて……レオナルド。キミがやらないのなら続きは僕が説明しておくからちょっとここだけ確認してもらっていいかな」
 それまでキャスターのクー・フーリンとの話に夢中だったはずの美女が、控えめに掛けられた声に即座に反応してぐるりと振り向く。
「何を言っているんだロマニ。ひとの楽しみを取るのはよくない、よくないぞ!!」
 あまりの勢いに驚いたのだろう。
 ひ、と。引き攣るような悲鳴を押し殺したのはさて少女かそれとも医師か。
「そんなに言うならちゃんと最後まで説明してくれ。そこまで時間に余裕があるわけじゃないんだから」
「もちろんだとも。ということでキャスターのクー・フーリンは後から私の工房に来るように」
「へいへい」
 生返事ではあるが、それで構わなかったらしい。
 気を取り直した万能の天才は深呼吸を落とした。
「このあと話すオメガの特性についてはちょっと厳しい話になってしまうのだけれど、召喚を担うマスター君にも関わることだからね。しっかりと付き合ってくれたまえ」
「うん。ところでダ・ヴィンチちゃん。アルファのオメガに対する強制力はわかったけど、逆にアルファが抵抗した場合の手段がないのかなって、ずっと気になってるんだよね。そのあたりはどうなの?」
 アルファとオメガ。それぞれがお互いを牽制するように設定されたのなら、逆があって然るべきだろう。
 少女の疑問はもっともで、いい視点だとダ・ヴィンチは笑った。
「そう。そこで次の話になる。オメガ側に付随するものということだね。こちらにあるのは『誘引』や『魅了』という類だ。もっとも、アルファとは違い、狼の群れにそんな要素はない。そして、ある意味では一番問題になるものでもある」
 オメガに対して強制的に付与された一番根本的な要素。聞いた面々の脳裏に浮かんだのは同じものだっただろう。代表して弓兵が口を開く。
「誘引というと、受粉のための花や食虫植物のようなものを想像するのだが」
「そうだね。まあ間違ってはいないよ。オメガであるものは強烈なフェロモンでアルファを誘い、己のこと以外考えられなくしてしまう、という性質を持つ」
 人間的な思考を放棄するならそれは獣だ。つまりはそれがアルファの矜持を折るための手段だということになる。
 もう一度、個々人の表情が歪んだ。
「なるほど。ちなみにそのフェロモンは意識して発する類かね?」
「いいや。無意識、そして周期的だ。最初は召喚されてから一週間程度で訪れ、その後は個人差があるものの、だいたい数ヶ月ごとだね。男女の別はなく、かなり強烈な性衝動を伴う。そのため便宜的にヒート、と呼んでいるよ」
「せ……ッ」
 絶句した少女二人を見てへにゃりと眉を下げ、本当なら年頃の女の子に聞かせたい話ではないんだけれどと苦虫を噛んだような表情で付け足したのは、それまで沈黙を守っていたドクター・ロマニだ。
 最初が一番重い話題だとばかりに切り出された内容。ある意味一番問題になるもの、というダ・ヴィンチの言葉が示す事柄を考える。
 あまり考えたくはないが、エーテル体であるサーヴァント同士では例え事故が起きても子供等はできないのが救いと言えるだろうか。
 衝動に男女の別はないと言う。相手が同性であること、相性の悪い相手であることも十分に考えられるわけで、その時の心境など到底想像したくはない。
「アルファへの手段であると同時にオメガ自身への抑制用でもあるんだろうけど、結構えげつないよねぇ」
 もっと突っ込むと、アルファとオメガの間にだけ、フェロモンの影響をお互いに限定する代わりに片方が消滅した場合にもう片方の現界も維持されなくなる番契約というシステムの記述があったと補足が入る。
 これには男達までもきつく表情を歪め、代表するようにマスターの口から悪辣だと声が上がった。
「本当に何を考えていたのか今となっては確かめる術はないのだけれど、問題は現実として目の前にあるわけだ。だからこれはマスターである君にお願いだが、召喚の際はなるべく素材が集まってからにしてくれたまえ。霊基再臨と呼んでいるが……最初の限定解除の振り直し時には、高確率でベータになるようだからね」
「だから強化されたエミヤも今はベータ?」
「そういうこと。そして何も考えずに一気に強化されてしまったキャスターのクー・フーリンの時は介入する隙がなかったためにアルファになっている、というのが現状だ」
 彼がこちらに召喚された際にきちんと説明すべきだったと今は反省しているよ。
 肩を竦めるダ・ヴィンチの口調は軽いが、内容には悔いが滲む。
 現状、アルファになってしまった霊基をベータに戻す方法は無いのだと彼女は告げた。
 名を残した英雄は基本的にアルファまで到達する可能性が非常に高く、召喚と強化のシステムもそれを根底に設計されているのだろう。
 年頃の少女に対して少々聞かせたくない話であってもきちんと説明する気になった理由はそこにあった。今後の戦力増強を考えれば避けては通れない。
「基本的に私が召喚したサーヴァントのみの話だってことなら、なんか申し訳ない気がするけど……」
 少女の声は苦い。
「それこそキミのせいじゃないさ。時間はかかるかもしれないけど、解除方法は常に探っていくよ」
「ありがとう。引き続きよろしくお願いします」
 納得した少女はこくりと頷いて、今回のようなこともあるかもしれないから今後は十分に気を付けると告げた。

 (R18部分サンプル)

 ふ、と。凄絶なほどの色を刷いた笑みを浮かべた青年を直視した時の表情はさぞ間抜けだったに違いない。
 身を倒して胸に口付けてくる青年は少しだけ気が抜けた笑いの気配を纏う。
「……ん」
 吐息の熱が触れ、唇の熱が触れる。啄ばむように触れていくそれが胸から腹、さらに下へ。
「あんま無理すんなよ」
「無理などしてない。君は私を生娘かなんかと勘違いしていないか? だいたい、こういうことをするのは初めてではないだろう」
 さて、その経験はいつのことを言っているのか。
「それならいいけどよ。しかしオマエ、そんなに詳細に覚えてんの?」
 興味本位で聞けばぴたりと動きが止まる。
 一瞬の間を置いて罵倒語が湯水のごとく溢れ出した。
 すでにゆるりと勃ち上がった欲を握った手が小刻みに震えているのが怖い。うっかり力を込められれば早くて数時間、運が悪ければ現界を終えるまで役に立たなくなること間違いなしだ。
「悪かったって。ちょっとした興味だろうが」
「そもそも自分が覚えていないようなことを聞こうと思うのが間違いだろう。ましてや本来ならそんな記憶は持ち込めないのだからな」
 何度もクー・フーリンと床を共にした記録をご丁寧に座に送り込んだどこかの自分が恨めしいと歯を軋ませる。
 忘れておきたかったそれに利点があるとすれば、キサマの凶悪なブツを見ても私が即座に逃げないところだろうと胸を張るのはいかがなものかと思わなくもない。
「いやまあ……うん。それはいいんだが、そろそろ離してくれ。そのままだと負担がどうとかいう話じゃなくなる」
「フン。力加減は弁えている。実に腹立たしいことだが、潰すようなマネはせんよ」
「それならいいけどよ。おまえさんは一体何と戦っているんだ?」
「……強いて言えば羞恥ではないだろうか。いや、そんなことはどうでもいい」
 もういっそ黙っていてくれと力なく言葉尻が落ちて頭も垂れる。そのまましばらく。要請通り黙った男を上目でちらりと確認してエミヤはまだ柔らかなランサーのものに口を付けた。
 挨拶でもするかのように軽く啄ばみ、ゆると手を動かして裏筋をなぞる。
 くちゅり。唾液が溢れて水音が上がった。
 口内に引き込んだ先端を舌で転がし、唇の内側を使って唾液を塗すようにしながら、喉の奥まで引き込んで締め上げる。
 口いっぱいに頬張りながら、同時に自らのものをシーツに擦り付けている青年の動きに男が気付かぬはずもない。
 ランサーの口から熱の滲む息が零れ、エミヤの唇からはくぐもった呻きが上がる。
 質量を増したものを受け入れきれず、青年は早々に舌を出して先端や筋を舐る方向に舵を切る。瞬く間に反り返るほどになったそれは、手を離せばすぐに男の腹を打った。
 双珠の間から先端までを伸ばした舌で何度も舐めあげれば快楽を隠さない吐息が部屋に逃げる。
「なあ、アーチャー。オレにもテメェのモン食わせろよ」
「……そんなものは不要だろう」
 反対向きになるだけでいいとした唐突な提案に、この男は今一体何を言ったと言わんばかりの鋭さで睨め付ける。
 相変わらず自分がされるのは嫌かと問うランサーは、後から始めても先にイかされるからかと普段の調子で弓兵を煽った。
「うるさい。なんとでも言え」
「ふむ。ならオレの顔に跨るのが嫌か」
「……ッ」
 当たりか。咄嗟に言い返せないことで判断してくつりと笑う。その一瞬が命取りだと続ければ君こそ何と戦っているんだと返された。
「んー……オマエの理性? とりあえず無理矢理引っ繰り返されるのがいいか引っ張られるのがいいか選べよ」
 それまでシーツの上で遊んでいた腕を伸ばしながら問えば、待てわかったからその手を動かすなと制止が入る。
「別にもう傷もねぇぜ?」
「……それでもだ。見た目だけ取り繕うことなど、今の君なら造作もないだろうが」
 そういうところは全く信用していないのだと溜息。
 一瞬だけきつく目を閉じて、観念した青年はのろのろとランサーの顔を跨いだ。こんな時でなければ絶景だとか揶揄の言葉を投げたかもしれない。
 ふると控えめに震える彼のものはすでに兆していた。
「ま、そこの判断はオレがとやかく言うことじゃねぇからいいさ。こっちの手なら文句ねぇよな?」
 動かすなと告げられたほうとは反対側。右の手を伸ばして晒された場所に触れる。ついと裏筋を指先で辿り、大きさを確認するようにゆると包み込んだ。
 予想外の刺激に驚いたのか。明らかに色気のない声が飛び出したが聞かなかった事にしてやる。
 予告もしたし構わないだろうと内腿に手を伸ばしながら陰嚢に舌を這わせれば、一度大きく身を揺らした以外は声を上げることもなく、エミヤは同じようにランサーのものを愛撫する行為に戻った。
 この負けず嫌いめ、と。内心だけに留めたはずの笑いは外に出ていたのだろう。触れさせた肌に振動が伝わり、青年が背を逸らして肩越しに胡乱な視線を向けてくる。
 それを綺麗に無視し、まだ収縮しきっていない双珠を交互に口内に引き込んで舐った。同時に指先でひっかけるようにして亀頭部のくびれを擽る。
 あえて音を上げながら愛撫するのは、直接的な刺激を除けば、体勢の都合上、視覚による興奮をお互い得られないためだ。
 散々塗り広げられた唾液に濡れた己のものに、時折鋭く吐き出される息が触れる感覚で青年が快感を得ているのを把握する。
 押し殺すような息遣いに気を良くして、ランサーは腹に着きそうになっている青年のものを引き寄せ、付け根から先端までを舐め上げた。そのまま口内に含んで舌を這わせながら奥まで引き込めば、ひゅうと鋭い息が逃げる。
 擦れる舌に僅かに苦味。
「は……ぅん、ラン、サー……」
 青年が首を振ると、立てた腿に髪が当たって擽ったい。もはや手でゆるく触れるくらいしかできなくなっている彼の状態を指摘することなく、そのまま何度か刺激しながら徐々に舌を伸ばす範囲を広げていった。
 陰茎から陰嚢。顔のすぐ傍の大腿。脚の付け根。
 鋭く上がった声に気付いて唇を離すと、へたりと力の抜けた腰が鎖骨から胸骨の上あたりに落ちた。
 荒い息を吐くエミヤは半分ほど男の脚に縋って小さく喘ぎを漏らしている。
 すりと触れた肌に性器を押し付けてくる仕草は無意識なのだろう。気付かれぬように笑って会陰を辿り、後孔へと舌を伸ばす。
 流石に気付いて身を起こそうとした体を絡めとり、唾液を絡ませた舌を押し込んだ。
 そこはやめてくれと乞われても、どのみち行為に及ぶのなら解さなければならない場所だ。
 己のものの大きさを自覚しているランサーは、自分に関する優先度を下げる傾向があるエミヤが、サーヴァントの身であればたとえ切れても問題ないとする可能性を捨て切れず、中断する選択肢は最初から捨てていた。
 寧ろいかにスムーズにここにたどり着くかを思案していたということに気付かれれば、下手をすると即座に性器を握り潰されるか噛みちぎられそうである。
「別に使ってねぇんだし、大丈夫だろ」
「そういう、問題では……ッあ」
 せっせと唾液を送り込む合間に軽く周りを吸ったり、縁に指をひっかけて広げたりを繰り返す。
 他愛もない会話を挟みながら時間をかけて解かせば、固く閉じていたそこは次第に緩んで、ランサーの指を根元まで咥えこんだ。指を増やして開かせた場所にとろりと唾液を注ぐ。
 あついと欲に浮かされたまま飛び出した声。唾液にも魔力は溶けているのだからそれを直接注がれればそうなるだろうと納得する。
 エミヤの口も、手も、とうにランサーのものから離れ、行為を続行できずにしきりに脚に額を懐かせていた。
 ランサーの肌の上で擦れるエミヤの欲は濡れている。
 堪え切れずに時折上がる嬌声と熱を纏って吐き出される息。そして懐かれた肌から感じる体温。
 もはや欲を煽る材料にしかならないそれらを束ね、理性は彼方に放り投げて行為に没頭する。
 それでも限界はあった。