Tempting

「すまないが鉢と土を分けてもらえないだろうか」
「はいぃ?」
 唐突に訪ねてきた青年の口から飛び出した言葉に、扉を操作するためのコンソールに指をかけたままの男の返答が無様に裏返ったのは無理もない。
 今はトレードマークの赤い外套を脱いでいる厨房の守護者は、何か変なことを言っただろうかと首を傾げながら内側に一歩入り込んだ。
 ぷしゅ。少し間抜けな音をたてて自動扉が口を閉じ、部屋の中にはどこかきまずい空気が流れる。
 青年は内側に一歩入ったところで動きを止め、男は指こそ下ろしたものの、寝台に伸び上がったままの妙な体勢。
 お互い次の行動をはかりかね、硬直したまま見つめ合うこと数分。均衡を破ったのは元気のよいわふんという鳴き声であった。
 同時に硬直が解けた二人はそれぞれの元に近寄った犬の毛並みを撫でる。セラピー効果抜群と噂の毛並みは伊達ではない。見事に恩恵を受けて落ち着きを取り戻した彼らは、ようやく視線を上げて正面からお互いを見た。
「あー……変な声出して悪かったよ。あまりにも唐突だったもんでな」
「いや、こちらこそすまない。理由を添えるべきだった」
 苦笑を落とし、少し落ち着いて話をしようと並んで寝台の端に腰を落ち着ける。
 余分な椅子を置いていないこの部屋での彼らの定位置には、横に犬達が寄り添った。
「んで、なんだって鉢と土なんだ? 花でも育てんのか?」
「そうだな。花……ではあると思うのだが、なんの種類なのかはわからないんだ」
「変なもんじゃねぇだろうなそれ」
 警戒の表情になった男に対し、少し困ったように笑った青年は安全だと言い切ることはできないなと言葉を濁す。
 聞けば空室を掃除していたら出てきた箱に入っていたものだという。箱の蓋裏にはおそらくは花を描いたのだろうスケッチが残っていた。そして部屋の主が戻ることはない。
「つまり花を咲かせて供養してやりたい、と」
「そうだな。そういうことなのだろう」
 個人的なことだから温室や畑の一画を間借りするのも気が引けると続けた青年は、一応分析してみたが普通の種のようだったと付け加える。
「ま、そういうことならオレが反対する理由もねぇわな。鉢の大きさの希望……ってもわからねぇか」
 かわりに種の大きさを聞かれた青年は軽く握れるくらい大きいと口にする。
「胡桃くらいかね」
「そうだな。あと、そこまで手間をかけられるわけではないから植え替えをどうするかも相談したいと思っていた」
「だよな。じゃあ鉢も大きめにして小細工するか。オレはちと奥に行ってくるからこいつらの相手でもして待っていてくれ」
 頭を撫でられた犬達がわふんと元気よく応え、青年の傍に並んで膝上に鼻先を乗せた。
「私のほうが相手をしてもらっているという感じだな」
 嬉しさを隠せていない呟きは聞かなかったことにしたらしい男が工房と化している奥へと消え、部屋には青年と犬達だけが残される。
 ゆるゆると二頭の頭を撫でながら、弓兵はぐるりと部屋を見回した。色々と育てているのは知っているが、こちら側にはさほど置いていないため一見殺風景。それでも寝台横の壁に作成可能な薬やハーブティー、納品のスケジュールが貼られている光景は変わらない。
「ふむ……以前よりは少し整理されたか」
 需要がない、または作り置きが可能なものは淘汰され、在庫はその用途によって医務室または厨房、談話室等に割り振られている。メモ書きも本人だけが理解できる謎の文字から現代文字への置き換えが進んでいるように見受けられた。
 人理は焼かれ、運命の歯車は回り出す。
 唯一の希望として残されたカルデアだが、レフ・ライノールの計略により、打撃を受けた現在、明確に終わりの期限が見えないまま戦いを余儀なくされていた。
 備蓄はギリギリ、スタッフも足りていないが、世界最後のマスターとなった少女は取り残されたデミ・サーヴァントの少女と共に人理を取り戻す旅を続けている。
 彼女達はいくつもの特異点を超えて、契約しているサーヴァントの数も増えたが、専門知識を持つスタッフの補充ができない状態は完全に解決するまで変わらない。
 召喚されたサーヴァントが己の手の届く範囲で少しずつ不足を補い成立している世界最後の方舟で、キャスターのクー・フーリンは己に付加されたドルイドという属性を、赤の弓兵ことエミヤは現代の英霊という事情と生来の技術を買われ、それぞれマスターを守るために必要な役割を請け負っていた。
 ずるずると寝台の下に身をずらして床に座り込む。両脇で犬達が嬉しそうに体を擦り付けるのに任せ、もふもふを堪能する青年の表情は緩んでいた。
 空間を歪めて工房にしている奥にはいくつもの毒草、薬草が育つ森があることを知っている。必要なものがそちらにあるという事情もあるのだろうが、去り際に小細工をするかと洩らしていたことから、何らかの魔術的処置をしていることは知れた。
 時間がかかるだろうと予想できるが、その間ただ待っているだけというのも手持ち無沙汰である。反応の薄さに首を傾げた犬達をゆるりと撫でてブラシを投影。せっせと彼らの毛並みを整えながら大人しく男が戻るのを待つことに決めた。
 最初はひとつだったが、足りないと感じてからは二刀流にして、それぞれ交互にブラシをかけていく。
 生身ではないため毛が抜けるわけではないが、綺麗に流れができて整えられた毛並みが美しく輝くのを見るのはとても楽しい。
「悪ぃ、待たせたな……ってなんだお前らそのだらしなさは」
 キャスターのクー・フーリンが戻ってきた時にはブラッシングテクニックに骨抜きにされた犬が二頭、無防備に腹を見せて床に転がっている。いわゆるヘソ天というやつだ。そんな彼らの頭を両腿に乗せてゆるゆると艶やかな毛並みを愛でている弓兵は、心ゆくまで堪能したといわんばかりの表情を浮かべて穏やかな笑みすら浮かべていた。
 全力で癒されたのならいいことなんだがと諦めた男はその場に抱えてきた鉢を置き、自分も傍にしゃがみ込む。
 片手を伸ばせばエミヤの脚にも、腹を見せている犬の片割れにも届く位置。
「キャスター」
 息にほんの少し混ざった声が、どこか懇願の色を見せたのに気付く。
 あー、と。笑いを堪えた声を逃して、男はぴうと軽く口笛を吹いた。
 瞬時に起き上がった犬達が機敏な動きで横に付き、ほっとした表情をみせた青年がゆっくりと脚を引き寄せる。
「おまえなあ。そんなになる前にどければよかっただろうに」
「誘ったのは私だし、役得であったのは事実だからな」
「……触れるぞ」
 男が触れた箇所は青年の腹だ。ぱちりと静電気が弾けたような音に一瞬息を詰めた弓兵だが、すぐに脱力して深く息を吐いた。
「多少強引だが少しは流れもよくなるだろ。ったく……常にカツカツのくせに一気に取り込みすぎなんだよ」
「返す言葉もない。彼らをけしかけてくれた時点でばれていると気付くべきだったな」
 お互い呆れたようにひとしきり笑い合い、せめて一匹にしとけと告げられて。
 再度傍に寄った犬に触れる。先ほどの処置で多少なりとも整ったからか、無理矢理魔力を取り込もうとした時の重だるさや痛みは消えていた。それどころか適量はこれくらいだろうと調整されたものを渡されている感覚すらある。
「……大丈夫そうだ。時間をとらせてすまない」
「次回のおかず一品追加な」
「承った」
 なんでもないような会話で貸し借りを清算する算段を整え、彼らはやっと本題に戻った。
 男が持ってきた鉢を見ながら予想よりも大きいと告げるエミヤに、植え替えの手間を省きたいと言う話だったからと応えるキャスターのクー・フーリンは、鉢の縁部分を指先で軽く叩いた。
「小細工はまあ……いろいろやってあるが、一番大きいのは土の均一化だな」
 植物を育てるにあたって植え替えが必要になる理由は、主に根の成長にある。魔術的処置をすることによって土の中の空気と水の量を自動調整し、根を深く伸ばすように仕向けるといったところだと説明を受けたエミヤはなるほどと頷いた。
 次に出現したのはいくつかのルーンストーン。
「こっちの二つは水遣り用。三日から最長一週間程度で交互に使ってくれ。土の上に置いておくだけでいい。使っていないほうは軽く洗ってそのままシャワーブースの中にでも置いておけば残った水分を勝手に吸収して溜め込んでいく。んで、こっちのやつは栄養剤みたいなもんだ。もっとも、効果があるのは植物に対してじゃなくて小細工に対してだが」
「つまりかけられている魔術に対応する魔力タンクということか」
「おう。縁あたりに適当に置いておけば吸収されるようになってる。使う時期の目安は鉢の色が淡くなったらだ。使い終わったやつは回収するから適当に保管しておいてくれ。鉢と同じように色が淡くなるから使い切ったことはわかりやすいはずだ」
「了解した。色々とありがとう」
 構わないと笑った男は、しばらくしたら様子を見にいくつもりだが、なんかあったらいつでも相談にこいと告げてどこかそわそわしているエミヤを送り出した。
 もう一度礼を告げ、青年は渡された鉢をしっかり抱えて自分の部屋へと戻る。
 魔術的に土の環境を調整する鉢は底穴がないため、置き場所の自由度は高い。落とさないようにとしっかり抱えていたそれを床に置いて離れてみれば、ほんのり青混じりのくすんだ灰色をしていることがわかった。
 ふむ、と首を捻って。青色も植物もリラックス効果があるといわれているから、寝台から見える位置に置くのがいいだろうか。
 少し迷って、結局決めた場所は寝台横の壁に埋め込まれたモニターの横。もし育ちすぎるようならば移動すればいいと開き直って植えてみることにする。
 壁付けのテーブル上に出しておいた箱から種を取り出し、鉢の傍にしゃがみ込む。
 中心あたりの土を軽く寄せて凹みをつくり、種を落としてからそっと土を寄せて、仕上げに預かった水遣り用の石を端のほうに置けば準備完了だ。
「さて……うまく咲いてくれるといいのだが」
 説明らしいものがなにもないため合っているかどうかはわからない。
 少し様子を見て、あとは適宜相談していけばいいだろう。ある程度はキャスターの魔術が補助してくれるはずである。
 やるべきことはやった。ならばあとは全て明日以降の話。
 常に仕事を詰め込んでいる弓兵はそのまま眠りにつき、翌朝も慌てて部屋を出て行った。普段はきちんとしていく青年だがこの時は種を気にして電気をつけたまま。
 残された鉢が微かに揺れる。
 カタカタ、カタリ。
 やがて割れた種の隙間から顔を見せた小さな芽はあたりを窺うかのように身をくねらせ、安全と判断すると光に向かって手を伸ばす。
 青年は知る由もなかったが、つる性の植物だったらしい。にょきにょきと表現していいだろう成長速度はあまりにも早く、すぐに鉢からはみ出した先は近くの壁に辿り着いた。
 吸盤状の気根を出して滑らかな壁にも器用に張りつきながら上へ上へと伸びていく。葉を広げながら四方に伸びる先を支えるように根本は太く、硬く。天井に当たれば順当にそのままそれに沿って進もうとしたものの、天井照明に先端が触れるかどうかというところで停止した。
 鉢はすっかり白くなっているが、時間的にはまだ夕方に差し掛かったところ。勤勉な部屋の主は厨房にて絶賛稼働中で、戻ってその光景を見たのは夜中過ぎであった。
 扉を開けた瞬間に絶句する。
「……そうか、持ち主が魔術師であるのならその可能性も考慮すべきだったか」
 初日にしては育ちすぎた植物を見上げながら、溜息と一緒に落ちたのは己に対する反省の言葉。念の為と軽く調べはしたものの、魔術の痕跡が見当たらなかったために油断していた状況は否めない。種は一種の封印で、発芽して初めて効力を発揮する類だったのだと理解はできても、困ったことになったのは事実である。
 つる植物だとは思っていなかったため、部屋の壁への対策などとられているわけはない。
 今剥がした場合、植物と壁どちらにもダメージがあるだろうかを考え、まずは確認が先かと寝台を回り込んで壁に張り付いている気根の一つに手を伸ばす。
 ぽこり。触れようとした根が壁から剥がれた。
「は?」
 思わず間抜けな声が出てしまったが無理もないだろう。
 予想もできないほど見事なタイミングで根はエミヤの手をすり抜けてみせたのだ。
 もう一度確認しても結果は同じ。どれだけ慎重に手を伸ばしても、触れようとした瞬間についとずれて触れさせようとしない。
「ええと……君には意志がある、ということで良いだろうか。私に触れられたくないと」
 相手は植物だ。言語でのやりとりは不可能だろうが、せめてこちらの言っていることを理解するのならば試してみる価値はある。
 果たして。ぴょこぴょこと壁を遊ぶように動いた根の先は、やがて壁につけたままにしていた青年の手にちょんと触れた。
 するすると伸びてきた他の根がどこか手のような形となって眼前で揺れる。
 壁に触れさせていた手をそのまま差し出せばするりと絡んだ。軽く上下に振られるそれは完全に見知った行為である。よろしく握手、シェイクハンド。
「……もし私の言葉を理解するのなら、新しい支柱を用意するのでそちらにお引越し願えないだろうか」
 提案が滑らかに口を吐いて出たのは深い考えがあったわけではない。
 ゆっくりと頷くような動作をした根の手は見ていてくれというように壁に這わせていた根を最小限だけ残して引くと、そのまま鉢近くの根を土中まで下ろし、器用に回転するように動く。根本の茎を捻るようにすることで強度を増し、自立してみせた。安定したことを確認してから残していた壁の根を離し、ひらひらと振る余裕さえある。
「すごいな」
 明らかに要請に従った行動を見て胸を撫で下ろす。こちらの言葉が通じ、かつ壁に這わせてある気根が簡単に着脱可能であるのならば懸念の大部分は解消されたと言っていい。
 この時の弓兵が考えていたことは、これでカルデアの壁を破損させなくて済むとそれだけだったが、肝心の成長度合いに関しては何も解決できていないことには気付いていない。
 ひらめかせている根に指を伸ばして吸着度合いを確認すると、考え込む仕草を見せた。
「さて……肝心の支柱だがやはり壁のようなもののほうがいいのだろうか」
 言語による疎通は一方的だが、よくよく観察すれば植物側も伸ばした蔓の先端や葉の揺らし方で意思表示する。
 あれこれと試した結果、最終的にネット状のものを壁から天井の一部を覆う形で造作することで落着となった。部屋の奥側三分の一ほどを覆うネットと、それに喜んで巻き付いた植物の葉が照明を一部隠す形になるが、モニターやシャワーブースあたりは避けることで合意しているため、困ることは少ないだろう。
 ネットはかなり大きめに設置したが、実際全部が利用されることはないというのがエミヤの見立てだ。意志のあるらしい植物は成長し過ぎたと判断すれば先ほどしてみせたように茎や蔓を絡めて編むようにすることで圧縮することができる。
 粘着する気根は方法の一つであったのか、今は蔓先を軽くネットに巻き付けることで圧縮していない分を支えていた。
「気に入ってもらえたのならよかった。もし他に必要なことがあれば何らかの方法で伝えてほしい」
 しゅるりと眼前まで降りてきた蔓の先が頷くような仕草をみせる。これは先ほどまでのやりとりの中で学んだ一番確実に肯定を伝える方法であった。
 その他にもいくつか決まった反応が存在する。
 否定の時は横に振るし、イライラすれば蔦がカクカクと直角に曲がり、テンションが上がりすぎると青年の体に絡みついて全身をくねらせることさえする。
 多少苦しいが拘束するような意志は感じないため、どちらかというと子供が感情のままにハグしてくる感覚に近い。
 驚きはしたものの実害はなさそうなので計画は続行とし、キャスターにだけは次に会った時にでも報告することにすればいいと判断してその日はそのまま眠りについた。
 翌日からも厨房で忙しくしていたエミヤは、急遽発生した微小特異点解決のためにレイシフトメンバーとして拉致されていったキャスターのクー・フーリンと話す機会はなく、時間だけが過ぎていく。
 その間交流を深めた青年と謎の植物の関係は、少しずつ変化を見せはじめた。
「ただいま」
 これがひとつめ。部屋に自分以外の者がいると認識しているため出ていく時と帰ってくる時に必ずお決まりの挨拶を交わす。
 植物のほうは言葉を発することができないため、軽く頬のあたりに蔦先を擦り付ける動作をしていた。ハートマークが飛んでいる気がするのは愛情表現だからか。
 先に汗を流すからとシャワーブースに消えた青年を見送った植物は綺麗に整えられた寝台の上に大判のタオルを敷いて待機する。ブースから湯気が逃げ、濡れ髪をタオルで拭うエミヤの手を引いて寝台を指し示すと、まだ全裸のまま困惑する彼をうつ伏せに寝かせ、その体に絡みついた。
 強張った筋肉をほぐし、柔らかく伸ばすようにあちこちに触れながらゆっくりと骨と筋肉を整えていく。
「なんか、毎日……っ、腕を上げて、ないか?」
 昨日も同じように寝台に寝かされたがここまで本格的なものではなかった。特に今日は長時間同じ体勢で皮剥きをしていたこともありとても気持ちいいと笑う。
 全裸であることを除けば、いわゆる整体を受けている状態に近い。体勢もうつ伏せから横向き、仰向けへと変更されながらあちこち伸ばされ解されて、至れり尽くせりだなと笑いながら零す。
 ありがとうと告げたエミヤにぴんと立った蔓の先が軽く揺れた。
 ちっちっちっ、と指を動かすようなその仕草に首を傾げると、青年の体は再びうつ伏せにされ、背にとろりとしたものが触れる。
「な、に?」
 疑問にはまあまあと宥めるように肩に触れた蔓が応える。
 悪いようにはしないというように体を這いながら、伸ばされる樹液は程よい滑りとうっすらと森を思わせる爽やかで落ち着いた香り。
 しっかりと塗り広げるようにしながら強く、弱く。緩んだ筋肉を後押しするように行われるのはオイルマッサージだ。
 人の手と違うところは強弱を連携させつつ全身同時にほぐすことが可能なことである。
 難を言えば天井から大量に垂れ下がり蠢いている見た目なのだが、この場には一人しかいない上、されている本人には見えていないため、問題にならない。

 (中略)

 鼻にかかった喘ぎはそれだけで気持ちがいいことを伝える。
 ぐいと大きく伸びをした次の瞬間にそれは訪れた。
 ぽんっ。ぽぽん。
 まだ蕾だったはずの花が咲いている。目を白黒させているうちにふたつ、みっつとひらいていくそれらを眺めて。浮かれているように見える蔓先に指を伸ばした。
「そうか……君は人の感情……主に快楽で花をつけるのか」
 使い魔のようなことをさせるためかと思っていたが、生存のために必要だったのならばそれも納得だ。しきりにマッサージをしたがり、その技術が上がっていったのも、簡単に快楽を引き出せる方法だったからだろう。
 魔術師など、大小はあれど基本的には己の研究に篭り切りになる性質を持つ。そんな中、執事や侍従のように面倒ごとを全て引き受けてさらに体の管理までするが主張しすぎない者の存在は大きい。
「あの部屋の持ち主にとっては研究成果の副産物なのだろうな」
 根源への到達こそが大目標ではあるが、過程で生まれた研究成果はものによっては富をもたらす。人間である以上、日々生活していかなければいけない上に、流派にもよるが魔術というのは金がかかるものだ。
 自分自身の魔術は少し特殊な投影であるため思考から抜けがちな部分でもある。
 宝石魔術を扱うため、常から貯金の残高とにらめっこしていた、かつてどこかでマスターだった少女を思い出して不恰好に笑う。
 こうなってくると花を咲かせて手向けてやるという行動そのものから間違いだったことになるが時を戻すことはできない。現状に不満も実害もあるわけではないため、せいぜい相談相手が早く戻ってくるのを祈る程度である。
「しかしそうか……そうなると、私はとんだ思い違いをしていたかもしれないな。私ができることで今の君に必要なことはあるかね?」
 じっと待つ。言葉ではないが、なんらかの返答があることをエミヤは疑わなかった。
 全ての動きを止めた植物はどこか迷っているような様子で項垂れている。
「なければそれでいいんだ。それは現状維持も含まれる。君の行動で助かっているのは私ばかりだからな。必要なことが見付かったのなら伝えてほしい」
 言葉を変えた今度の要請にはこくりと頷いて、ゆるく体を撫でていった先が未練を残すように止まった。
 思わず吹き出す。
「いつも通りなら構わない。お願いできるか?」
 自ら服を消してタオルを敷いた上に横たわると、腹から腰のあたりにもう一枚タオルが掛けられた。足裏から甲、脹脛、太腿とのぼりながらの施術は完全にアロママッサージ店のそれである。唯一違うのは指先から腕も同時に施術されるところか。
 相手に必要なものだとわかったことで、エミヤのほうも遠慮せずに気持ちいいと言葉にするため、植物がつけていたいくつかの蕾はいっきに綻んだ。
 やはり我慢させていたかと内心で唇を噛んだ様子に気付くことなく、蔓の先が少しだけタオルを持ち上げる。うつ伏せになってくれという合図であることを知っている青年はすぐに体勢を変更した。
 再び足先と手の両方から順に流され、首から肩、背へと進むものが追加されれば刺激が分散して思考が乱される。
 お客さん凝ってますねー。
 聞こえるはずのない声に少し笑って。くぐもった声を喉奥で押し潰せば、心配したらしい蔓の先が頬を撫でた。
「大丈夫だよ。可能なら少し腰のあたりを重点的にお願いしてもいいかな。床で作業するのは慣れているはずなのだが……どうも快適な状況に慣らされたな」
 昼過ぎから作業を開始し、今の時刻はもう夕方よりは夜に近い。
 備蓄が潤沢なわけではないが、食材確保班と厨房班は毒味という名目で食事をすることが認められている。サーヴァントは食べなかったからとて問題ないため、そういうこともあるだろうとしか認識されない。せいぜいエミヤのことだから顔を出すとつい手伝いたくなるとかの理由で引き篭もっているのだと思われる程度だろう。
 青年から直々にお願いされた蔓はというと、任せておけと言うように気合を入れて腕まくりの真似をすると、広背筋から大臀筋をほぐすように動きはじめた。包み込むようにゆっくりと揉んで筋肉を緩めたあと、老廃物を流すために樹液を垂らして擦るように動く。
「ん……ッ!」
 うっかり流れた樹液を追って蔓の先が尻臀の間に入り込み、刺激に驚いた青年が思わず声を上げた。
 ぶわりと匂い立つ快楽を拾って小さな芽が膨らみを増し、偶然挟まり込んだ蔓先は元を探すように先を伸ばす。
 咄嗟に起き上がろうとして失敗し、肩から落ちたエミヤは身を捩って縮こまった。
 脚を閉じようとするが、滑りに助けられた蔓先を押し留めることなど不可能。中途半端に腰だけが浮いた体勢で、体重を受けて寝台に沈み込む膝先が震える。
「そこ、は……ぁう……ん」
 にゅるり、ぬるり。滑りを足しながら這う先が陰嚢を擽り、裏筋を遊びながら陰茎に絡みつく。元々主が望めば性欲処理もこなせるそれは、与えられている知識のまま、一般的に性感帯と言われる場所を探って腕を伸ばした。
 ひとつは絡んだ陰茎を擦り上げ、沿うように伸びたもう一本が重く垂れる双珠を転がす。追加で上半身に這った二本がそれぞれ胴に絡みながら進み、揺れる大胸筋を寄せるようにしながら交差してその頂に遊んだ。
「あ、ッア! 待って……ぅンッ」
 捏ねるように、弾くように。先端を刺激された青年は背を逸らして喘いだ。追加で生み出された蕾はますます膨らみ、方向性を性感へと定めてしまった植物はもはや止まらない。
 新たに伸びた細い蔓先はエミヤの意識が胸と前に向かっている間にそろりと後孔へと忍び寄った。
 指よりも細いそれが入り込むのは苦もなく、内側から前立腺をやわと刺激されて初めて存在を知覚することになった青年は目を白黒させて間抜けな声を落とした。
 情を交わすような相手は現状いつ戻ってくか不明で、溜まっていたのかと問われればそうなのだろう。人間が行うには難しい同時責めに一連となった快楽が増幅していく。
「ぁ、あ……ぅん、ァ……」
 達するほどの強さもなく炙るように弱い快楽を引き伸ばされ、控えめではあるが間断なく洩れる声が部屋に散って。引き寄せられたタオルがきつく握られて悲鳴を上げる。
 刺激に翻弄される青年は、額をシーツに擦り付けて耐えることを選び、快楽を隠せない声に合わせていくつもの蕾がほころび、花を咲かせたことにも気付けない。この時点で薄紅色の花が増え、先に開いていた薄藍、薄藤とあわせて合計三色の花が同時に咲いていた。
 するり。気遣わしげに頬を撫でた蔓が耳の後ろを擽り、壁に張り付いていた時の気根を伸ばして肌に吸い付くようにしながら首筋、胸元へと移動する。
 接吻痕が残るほど強くもないためちりちりとした弱い刺激が走る程度だが、散々蔓先に転がされた胸の頂に吸いつかれて背をしならせた。悲鳴に近い声が喉奥から飛び出し、突き出した形になった胸が絡みついていた蔓とシーツに擦れ、同時に強く前立腺を刺激されて押し出された精が前に絡んでいる蔓に沿うように流れ落ちる。
 いわゆるドライの状態だ。青年は乱れた息を抱え込んだシーツに吸わせながら中途半端に高められた体を持て余す。
 エミヤの体に絡んだ蔓は動きこそ止めたものの離れていく気配はなく、ただ落ち着くのを待っていた。流れたはずの精は即座に伸ばされた気根に吸い上げられ、尿道口で燻っていた分も綺麗に吸われて除かれている。
 拒否されれば即座に引く用意はあるが可能であればもう少しだけ精を受けたい。そんな迷いが表れている行動。ようやく息を整えたエミヤは口端を上げて、ずいぶんとひどいことをすると肯定とも否定ともつかない言葉を落とした。
「……こんなことで己の体がいいように開発されているのを自覚するとはな。できれば知りたくなかった、などと言っても仕方ないか」
 サーヴァントの体液には魔力が溶ける。快楽のついでに得ようとするならば精液からというのは自然な流れなのだろう。
 己の思考を整理するように淡々と言葉を落とす青年が合間に零す息には熱が篭り、欲が色濃く滲む。
 本当に欲しいのはいつ戻ってくるかもわからぬ男のものなのだと。禁欲状態だったところを高められ、逃げ場のない快楽が燻っている体は隙間なく埋められた後孔を思い返すだけで物欲しそうにひくりと震えた。
 体の方が素直に欲しいと主張している。
 なんとも浅ましいと笑えば、脳裏に己の名を呼ぶ男の声が返って唇を噛む。
「君に相談するようなことではないかもしれないが……明確な欲を自覚してしまったいま、精液を提供するにしても、理由が必要なんだ」
 奥壁を開くのに協力して欲しいと告げる青年の眼前で、蔓先が戸惑うように揺れる。
「構造上、可能であるのは知っている。ある程度の開発が必要なことも」
 同時に思い浮かべる相手が決して無理強いしないことも、時折奥の具合を確かめるようにしているのも知っていた。
「あの男は妙なところで優しいんだ。問えば今のままで十分気持ちいいから無理はしなくていいと言うだろうが……侮られるのは癪だろう?」
 彼がそういう意味で抉じ開けることを忌避しているわけではないと知った上で嘯く。
 珍しく悪ぶった青年の笑顔に、そういうことならと動きを再開した蔓は、体に絡んでいた何本かを使い、エミヤの体勢を整えた。
 左肩が下の横向き。さらと葉擦れの音がすれば、少し甘い香りが鼻腔を擽った。
 マッサージの時に使用されているものよりは甘く、だが絡みついて残るほどでもない爽やかさを併せ持つ。
 肩越しから伸びてきた蔓が眼前で揺れて、横から伸びてきたもう一本がそれに並ぶ。くねりながらみょんみょんと先を伸ばそうとする動きに少し悩んで。青年はああと声を上げた。
「入っている先を二本にしたい、ということか?」
 二本に増えたとてまだ男の指一本分よりも細い。普段受け入れているものの大きさを考えれば言われなければ気付かない程度の負荷だろう。
 そんなところは律儀なんだなと笑う。あまりにも和んでしまって知らず緊張していた力が抜けた。こんな状況なのに笑い転げてしまってから、必要ならもちろん構わないと告げることで許可を出す。
 ぱあ、という花柄付きの効果音が見えるような喜び方をした先は片方がハートマークを作り、それの中をくぐったもう片方がキスでもするかのようにエミヤの唇にちょんと触れた。
 あまりにも明瞭な好意の表現。
 かさ、かさり。
 葉の音を聞いた瞬間に照明が落とされる。
 蔓の動きも戯れの強い和やかな空気だったものが、急激に蛇が這うような淫靡なものへと変わり、青年もあえて闇を見るのは避けて瞼を落とした。
「……ん……っ」
 響くのは葉と布同士が擦れる音。そして後孔に入り込んだ蔓の先が押し潰す潤滑油代わりの樹液の音だ。
 どれもそう大きな音ではなく、視界を塞いでしまえば音よりも香りに意識が向いた。
 先ほどよりもさらに甘いが、むせかえるほどではない。最初に思い浮かぶのは大輪の花だが、どこか森の奥深くのような印象も併せ持ち、行為に反するような清涼さが潜む。
 後孔で大きく内壁を確かめるように動く蔓先が別れた。大きく張り出している襞に絡むようにしながらその近辺をマッサージするように刺激し、もう片方は前立腺を押し上げるように動く。
 蔓を巻くことで任意の大きさを作り出せるためか、最小限の広さで潜り込んでいる蔓は力を入れても抜いても動きを妨げることはない。内には樹液の潤滑油が溜まり、刺激に開閉するたびに漏れて蔓に伝ったそれが少しずつタオルに染みを広げていく。
 奥へと進む先が内壁の奥を埋めるように質量を増し、固く閉じた場所に沿う。激しく動くわけではなく、少しずつ質量が増していく程度の刺激が積み重なれば、内壁は意識しないままに柔らかくなっていくのだろう。
 受け入れる青年の体力の問題はともかく、射精しない植物にはタイムリミットがない。
「ぁ……ッ……く」
 最後の襞を越え、直腸の最奥まで進んできた蔓先は青年の苦鳴を聞き、動きを止めた。
 あまり触れられたことのない場所はかたく閉じて違和感と鈍痛を走らせる。中襞を超えたあたりまでならばむしろ気持ち良さそうなのは普段の相手がその程度で抑えているということだろうと分析して深さを確認。同時に表情を観察していた花持ちの蔓がなるほどというように頷いてから宥めるように汗で張り付いたエミヤの髪を払った。
「だ、いじょうぶ……だから」
 ふるり。それ以上を明確に拒否して動こうとする体を押さえつける。
 青年が刺激に慣れ、違和感を感じなくなるまで不動を貫き、落ち着いた頃を見計らって動き出したのは陰茎に絡んでいた蔓先だ。
 巻いた蔓が凹凸のある筒状に連なり、その内側で分泌された樹液により滑りを良くした状態で擦られて。わかりやすい刺激に反応した陰茎が首を擡げる。
 同時に刺激に収縮した後孔に負担をかけすぎないよう内側の蔓は大きさを変えて、少しの違和感を快楽で打ち消す程度に調整されたそれを男のものに幻視し、喰い締めながら声を上げる青年は、唇を噛んで声を殺そうとして失敗した。
「あ、ア……ッあ!」
 途中からは胸と前立腺の刺激も追加されて追い詰められ、身を震わせて果てる。荒い息のまま寝台に沈んだ体から汗が伝い、飛び散った白濁が広く腹とタオルを汚した。

 (中略)

「もう……ッ、はや……く」
「こ、んにゃろ……」
 求めても冷静に状況を確認している植物には伝わらない。痛いほど屹立した男の欲の先端にバードキスでもするように触れさせた青年の後孔を何度か揺らして中から溢れる液体を広げながら見せつけるようにゆっくりと埋めていく。
「あ、あ……君、のが……はいっ、て……んぅ」
「ぐ……ッ」
 軽く動かしただけでぐちゅりと音がして、掻き混ぜられる感覚を如実に伝えてくる。動きを止められていても前立腺に当たる熱が徐々に快楽を広げ、奥へと誘った。
「あ、ぁ……」
 ぐぽと先が入り込むのはいつも通りの位置。
 すっかり形を覚えるほど慣らされた場所は限界まで屹立した男の熱をぴたりと咥え込み、張り出した襞を引っ掛けるように鬼頭が行き来するたびに卑猥な音を響かせた。
 奥は精嚢裏、手前は前立腺と交互に刺激され、張り出している襞を捲るように抜き差しされて声が洩れる。
 無意識に収縮する内壁が精を絞るように絡みつき、さらにその刺激で自らを追い詰めて。
 無理矢理押し殺した悲鳴とともに押し出された白濁が前に絡んだ蔓に流れた。
「あつ、い……キャス……ひぅ……ん」
 とぷり、くちゅり。樹液に混じって音を立てるのは内で達したキャスターの精。灼かれるようだと言いながら震える腕で己を吊るしている蔓を撫で、さらに奥を願う。
「待て、それは……っ」
「へいき……だ。そう言うと思って、慣らした」
「は?」
 エミヤを支える蔓達は慎重にその体を下ろしていき、ついに足裏がシーツに触れる。
 大きすぎると文句を零すわりに苦痛を訴える様子がないことから、告げられた言葉は事実であると理解できた。
「ぁア!」
 奥に。入り込んだことのない場所に屹立の先端が触れる。
 体を支える蔓の助けもあって騎乗位の体勢ではあるが脚を持ち上げるのは容易い。体の傾きに呼応して普段はきつく閉じている奥が僅かに緩む。
 ぐぷん。
 嵌り込んだ先端をきつく咥えた奥が押し広げられたのに悲鳴を上げ、同時に双丘に体温が触れたことに安堵する。